TOP
40.35score

めーあー

ちょっと特別ないつものひととき

平成の最後の日、私はいつものようにアルバイトをこなし、夜はいつものように家で過ごしていました。

普段はテレビを見ない自分でしたが、平成最後だからと言ってテレビを点けてみると、まるで年末であるかのようなお祭り騒ぎな光景が映っていました。渋谷のスクランブル交差点で新たな年号を待望する若者達や、神社で静かに新たな時代を待つ人々、市役所で令和初の〇〇を狙う人達、色々な景色が画面から伝わってきました。世間では、令和初〇〇や平成最後の〇〇というワードが元号を跨ぐ前後で多く見られましたが、そういう言葉を通して少しでも特別な気持ちを味わいたかったのでしょうか。また、その特別な気持ちを少しでも多くの人と共有したいが為に人々は集まるべきところに集まるのでしょうか。

さて、そんな状況から令和になるまで何をしていたのかと言うと、いつものようにパソコンを開いてネットサーフィンや研究資料の作成という、日常と変わらないことをしていました。何故日常と変わらぬ動きをしていたのか、自分にとって元号が変わることに特別感を感じなかったのが理由かなと思います。しかし、令和になるまでのカウントダウンが始まり元号を跨ぐときだけTVを見つめていましたので、その時だけはちょっと特別な時間を過ごしていたのかもしれません。

ところで、私の知り合いに欧州へ留学中の子が居り、元号を跨いだ後にちょっとだけ国際通話をしてました。欧州では当然ながらいつもの日常だったのこと。しかし、テレビを点ければ元号を跨ぐにあたっての一連の儀式の中継はあったとのことで、ちょっとだけ特別な一日に感じたそうです。その子と私は近い気持ちを抱いていたのかもしれません。本当に特別な気持ちで過ごしていた国は、日本だけだったんだなと改めて感じました。

世界中の中で日本だけ特別な時間であった4/30->5/1
もしかしたら、生きている内に二度と体験しないのかもしれないと思うと、もうちょっと特別な気持ちに浸っていてもよかったのかなと思いました。

.

最終更新日:2019-05-14 17:17

コメント (0)